「何事も一生懸命に取り組む」 理事長 半田真仁

こんにちは。
福島ひまわり里親プロジェクト事務局です。

教育小冊子(2014年発行)より、チームふくしま理事による
お話のご紹介をさせていただきます。

私は広島県広島市生まれ。福島に就職。その後、起業して福島在住9年になりました。

 広島には「人見知り」ではなく、親しくなるまでに時間がかかる「二度見知り」と言う言葉があります。福島県会津地方では「三泣き」(出会って泣き、親しくなって泣き、別れるときに泣く)といいますが、それぞれ、丁寧に付き合うと味わいのある人間関係が築ける地域だとしみじみ感じます。

 


20142月、福島県内に大雪が降りました。夜、車を運転しているとき、私の車が雪にはまってしまいました。すると音を聞きつけて、周囲の家々の電気が付き、パジャマ姿の人々が家から出て、車の脱出を手伝ってくれました。そんな温かみのある地域が福島です。いま、福島ひまわり里親プロジェクトをやっている仲間たちと活動し、全国の里親さんのもとへ行かせていただいていて、しみじみ考えます。プロジェクトの仲間、里親さんはなんと気持ちのいい志の高い、人たちなのだろうと。どこにいるか、というよりも、誰といるかということが大切なのだと。

 


 震災で気づかされたことはたくさんあります。大きな揺れが起きて建物の外に逃げて出たとき、私たち大人は子どもを真ん中において、覆いかぶさるように守っていました。その後、子どもと離れて移動したとき、体に震えが来ました。人は人のために何かするときには普段以上の力が発揮されるということです。

 


震災直後、ガソリンスタンドへ数リットルの給油のため何時間も順番待ちをしている車の列に、薬局で買ったお菓子を配りました。「一緒にがんばるべ!」と声を掛けながら。その後、原発の事故が起きて放射能の影響があるということで、会社を休みにし、関西に一度避難しました。関西に行ってみると、ほとんど大震災の影響がなくて、「本当に同じ日本だろうか」と思いました。それでも福島には社員も仲間もいます。それで、「まずは自分たちで放射能を測って、影響を調べよう」と測定器を買い、何度か、関西と福島を行ったり来たりしました。この間、もう会社も終わりかな、とそこまで考えたこともありました。

 


その間、お世話になっていた方々に、いろいろと電話をしていたのですが、二本松市の障がい者の作業所「和(なごみ)」で、所長さんから「震災と原発事故で、お菓子の箱折りや野菜の出荷もゼロで仕事がない。これからどうしていいかわからない」という相談を受けました。とにかく何とかしなければ。仕事を作っていこう。そんな思いで、福島ひまわり里親プロジェクトをスタートさせました。

 


全国の方々にひまわりの種を買ってもらい、地域でひまわりを育ててもらい、採れた種を福島に送ってもらう。次の年も、全国でひまわりを咲かせてもらおう。「和」さんには、ひまわりの種の袋詰めなどの作業をお願いしました。作業所を訪ねたある日、利用者の方が私の方にダーっと走ってきて、「お仕事楽しいです。ありがとうございます」と言ってくれました。話しかけられた私の方が元気をもらいました。

 


 プロジェクトは、雇用、観光、風評被害対策、教育、防災、交流といった目的があります。教育の分野では、全国の学校865校が、「福島に行けないけれど、何かしたい」と参加してくれています。福井県の小学校ではひまわりの歌を作ってくれたり、体育の日にひまわりの人文字を作る、三重県や東京などの中学生は種を持ってきてくれるなど、交流も広がっています。防災意識を高める授業に活用してくれている学校もあります。

 


最終的な目的、私たちにとって最もうれしいことは、福島ひまわり里親プロジェクトが必要ではなくなることですが、現実的にはまだまだ必要です。今は、困難なことが多い福島ですが、この困難の中でも前を向いて希望を捨てないことで、将来は子どもたちの中から素晴らしい人物が誕生することも期待したいと思います。福島が尊敬やリーダーを輩出する「人物のまち」になればと考えています。

 

 

 

◆理事長 半田真仁のインタビュー掲載小冊子はこちら(PDF)
http://www.sunflower-fukushima.com/report/3630.html

◆プロジェクトが一目でわかる映像はこちら
http://www.sunflower-fukushima.com/report/3569.html